これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

265日目:私たちの行動は遺伝的に既に決定されているのか

金融日記:残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法、橘玲Twitterで紹介されて読んでみました。
前半から中程まで、人の能力は遺伝的にほとんど決定しているし、環境要因も子供同士の人間関係で決まってしまうとのこと。


まー、遺伝が全く関係ないってことは無いと思います。
幼少時代の環境要因から、大きな影響を受けるというのは、多分その通りでしょう。
ただ、ほとんど決定されているとするなら、それをどうやって調べたのだろう、と思います。
例えば、金持ちの家に生まれた子どもが、将来ビジネスで成功したとしても、それが環境要因の影響によるものではない・・・なんて証明するのは、相当に困難なのではないでしょうか。


また、仮に能力なる言葉で曖昧に定義されている何かが、遺伝的に決まるものだったとしても、私たちの行動それ自体は環境の影響を大いに受けてしまいます。
例えどれほど能力が高かったとしても、適切な行動なくして成果はでません。
そして、適切な行動を継続するには、環境との関わりを分析し改善するというプロセスが欠かせません。
ですので、遺伝的な要因と、その人の人生における成果とを、因果関係で結びつけるのはいささか無理があります。


生得的(遺伝的)な因子が、私たちの行動にどの程度の影響を与えているのかは大変興味があるのですが、上記記事については乱暴な議論だなぁ、と思わざるを得ませんでした。