これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

良いとも悪いとも思わない、それが成功のカギか(竜王戦に思うこと)

将棋の竜王戦は羽生名人の3連勝で3-0となり、渡辺竜王は角番に追い込まれた形。渡辺竜王が弱いはずはないので、この差は一体何なんだろう、と思う。何となくの印象ではあるのだけど、もしかしたら

  • 形勢判断のタイミング

に何かあるのかなぁ、と。

羽生は形勢判断が遅いような気がする

羽生マジック関連の記事を読むと、

  • 周りは悪いと思っていたのだが、羽生本人は悪いとは思ってなかった

という表現が良く出てくるような気がする。これた多分、形勢判断が遅いのだろう。もっと先の局面に、まだまだ難しいところがあるのが見えているのかもしれない。一方、渡辺の方は、ブログなどを読んでいて感じるのだが、形勢判断がずいぶんと早いような印象がある。
プロ棋士同士で、しかもタイトルホルダー同士で、先を見通す能力にどの程度の差があるかは分からないけど、羽生のそれは他よりほんのちょっとだけ抜け出しているのかもしれない。あるいは先を見通す能力ではなくて、「何かある」ことが感覚的に分かっていて、先を読もうと思えるだけの違いなのかもしれない。
多分、そんな大きな差ではなくて、ほんのちょっとした違いなのだろうけど、一手を争うプロ同士の勝負では、それが勝敗という大きな差になって出てくるのだろうか。
もちろん、素人考えなので、何を言ってんだ的なツッコミがあるのかもしれないが。

良いと思えば油断するし、悪いと思えば悲観的になる

それで、形勢判断が遅いと何がいいのか、という話になる。
形勢が良いと思うとき、人であればやはり油断する。いや、油断という程のものではないかもしれないが、心理的に若干、通常と変わってくる。それが良い結果を招く場合もあるのだが、「通常ではない心理状態」というのが些細なミスを招く。
逆に悪いと思えば、悲観的になるので可能性を追い求めるということができなくなる。どうせダメだろう、と思ってしまう。あるいは心が折れてしまうことで、早めに負けを認めてしまうかもしれない。
多分、自分のベストを出すためには、心理的にはニュートラルな状態が望ましい。形勢判断が遅いというのは、自分を心理的にニュートラルに置くことに他ならない。もしかしたら、羽生は意図的に形勢判断を遅らせるように訓練したのかもしれない。


これは将棋だけに限った話ではない。調子に乗りすぎて忍び寄っている危険に気付かず、表面化したときに慌ててしまう。あるいは、結論を早期に出しすぎてしまい、様々な可能性を失うこともある。良いとも悪いとも思わず、ニュートラルな心理で過去と現在と未来を考えることができれば、もっと上手くいくのだろうな、と思う。

今、最善を尽くすことのみを考える

玲瓏、という言葉がある。

玲瓏とは、透き通り、曇りのないさま。対局中に襲われる不安や迷い、雑念を取り払い、澄み切った心で盤面に向かうよう、自らを戒める。

このような気持ちで事に臨むことができれば、自らの能力を存分に発揮できることだろうと思う。将棋に限らず、何事においてもこうありたいと思う。
良いと思うのは過去の成功に囚われているのだと思うし、悪いと思うのは未来への不安に囚われているのだと思う。過去は過去であり、未来を保証するものではない。未来は今の行動いかんによって良くも悪くもなる。だから、今、この時の最善手は何か、ということに思いを馳せたいものである。