これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

先延ばしの悩ましい弊害

私たちには多くの場合、次の2つの選択肢があります。

  • 不快な体験から逃避、回避する
  • 状況に応じて適切に行動する


過度な逃避・回避の行き着く先は、"人生の行き詰まり"です。
この逃避、そして回避について少し書いてみたいと思います。


逃避・回避には2つのパターンがあります。

  1. 何かをやろうとすると、嫌な事が起きる(気がする)ので行動することを避ける
  2. 既にいま、嫌なことに直面しているので、すぐに楽な気持ちになるように行動する


1は所謂先延ばしと呼ばれるものです。
あれ、やらなきゃな〜・・・
と思いつつも面倒だったり不安だったりするので、行動を先延ばしにするんですよね。
ほとんどの人に共通する体験だと思います^^;


ただ、このケースは切羽詰まってくると、比較的行動を起こすことが多いようです。
例えば、締め切りが近づいてくる、などは典型例ですね!


2は既にいま、嫌なことを体験している真っ最中です。
嫌なことは誰しも体験していたくはないので、目を反らすために一時的な快楽へと逃げてしまいます。
嫌な出来事は突発的に起こることもありますが、先延ばしの繰り返しによってもたらされることも多く、その場合、深刻な事態になる可能性があります。


突発的に起こった出来事というのは、耐えて我慢していれば過ぎ去ることもあります。
しかし、先延ばしの結果として起きた出来事は、自分の選択が原因となっていますので、自分が行動しないと根本的に解決しません。


さて、そうすると悩ましい問題が出てきます。
もともと行動することに痛みを感じていたので、先延ばしをしていたわけです。
その結果として、より大きな痛みを感じているわけですが、だからといって行動への痛みがなくなったわけではありません。
つまり、現状にも痛み、行動することにも痛みとなり、進むも引くもできない状態になってしまうのです。


これが「行き詰まり」の状態です。


では、残った選択は何でしょうか?
私たちは痛みを感じたくありません。


答えは簡単です。


一時的な快楽に逃げることです。
その瞬間、間違いなく気分は楽になります。
しかし、先延ばしも続けていますので、多くの場合、事態は悪化し続けています。
そうするとより大きな痛みを伴う出来事が、少しずつ近づいているかもしれませんね。


さてさて。
随分と危機感を煽る記事になってしまいましたが、
私としては特に煽ったつもりはなく、想定できることを淡々と書いてみたつもりです。
次回、「じゃぁ、どうすればいいの?」について書こうと思います。(こちらです)